後ろで待たれると急かされる?妻ちゃんの感覚からの気づき

背中からの気配を表す抽象的な波紋と光のイメージ 日常の気づき
後ろに立たれる感覚をイメージした抽象画

今朝はゴミ出しの日だった。
妻ちゃんが袋を縛っている後ろで、僕は集めたゴミを持って待っていた。
そのとき、妻ちゃんが僕にこう言った。

「後ろで待たれると、急かされてると感じるから嫌だ」

僕はその言葉を聞いて、ちょっとびっくりした。
僕としては次に動き出すためにタイミングを見ていただけで、急かすつもりなんてなかったからだ。
むしろ効率よく動けるようにと思って、そこに立っていたつもりだった。

でも妻ちゃんの感じ方は、僕とは違っていたようだ。
「後ろに立たれる=背中からの気配を感じる」ことが、そのまま圧力になってしまう。
その感覚が、急かされているように結びついていたのだと思う。

思い返せば、ショッピングモールを歩いているときも同じだ。
妻ちゃんは後ろから人が近づいてくるのを苦手にしている。
僕が妻ちゃんの後ろを歩くのも嫌がるから、いつも僕が前を歩く。
僕にとっては何気ないことでも、妻ちゃんにとっては大事な感覚なんだろう。

僕自身も似た経験はある。
たとえば、公衆トイレで次の人が待っているとき。
誰も「早くして」と言ってないのに、勝手にざわざわして落ち着かなくなる。
妻ちゃんが感じているものは、この感覚と似ているのではないかと考えると、少し理解できる。
繊細さんの妻ちゃんは、僕よりも強くこの感じを受けているのかもしれない。

僕は合理主義だから、どちらかといえば「待つ側」でいることが多い。
人を待たせるのは嫌だから、自分が待つことで解決できるならそのほうがいいと思っているんだ。
そういう僕だからこそ、妻ちゃんは余計に「待たれている」と敏感に感じてしまったのかもしれない。
妻ちゃんはその感覚を「待たれるのが苦手」と言葉にして伝えてくれる。
僕とは違う感覚だけれど、その違いがあるからこそ新しい気づきにつながる。

背中からの気配に敏感なのは、いわゆる“繊細さん”の感覚に近いのかもしれない。
僕にとっては「ただ待っていただけ」の行動も、妻ちゃんにとっては「急かされている」と感じる対象になる。
正直に言えば、「繊細さんって大変だなぁ」と思う瞬間もある。
でも、その感覚があるからこそ、僕にはない視点や気づきをもらえるのだと思う。

そして何より、妻ちゃんが少しでも安心できるように、僕なりに寄り添っていきたい。

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