今年のゴールデンウィーク、僕は年休をくっつけて長めの連休にした。
妻ちゃんはカレンダー通り。
平日のパートもいつも通り。だから妻ちゃんからすると家の中では僕がちょっと浮いた人。
そんな数日です。
平日の祝日明け、いつもの朝。
僕がリビングで朝のコーヒーを淹れていたら、妻ちゃんがボソッとつぶやきました。
妻ちゃん:あれ?今日何曜日だっけ?
「仕事に行くの忘れそう」
僕は何も考えずに、
僕:木曜だよー。
と返しました。
そしたら妻ちゃんが、続けて言ったんです。
妻ちゃん:仕事に行くの忘れそう。
え?
妻ちゃんは14時頃からパートに出ます。
何年も続いている、すっかり身についたリズムのはず。
その「いつも通り」を、忘れそう、と言った。
僕は思わず聞き返しました。
ぼく:へ?どういうこと?
妻ちゃんは答えました。
妻ちゃん:昨日お休みだったし、今日は平日だけどあなたいるし、感覚がいつもと違うから。
あー、なるほど。
納得しました。
妻ちゃんは”環境”で曜日を読んでいる
僕にとって、曜日は「日付」です。
スマホを見れば木曜だし、頭の中のカレンダーも今日は木曜。
理屈ではわかるんですよね。
曜日感覚というより、”情報として持ってる”感じ。
でも、妻ちゃんはたぶん違う。
彼女には彼女の時間軸がある。
昨日が祝日で家にいた。
今日は平日のはずなのに、隣でダンナはコーヒーを淹れている。今日も休日。
テレビから聞こえてくるいつもの時間帯のいつもの番組も、僕がいることでいつもと少し違う。
窓から入ってくる光の質感も、休日寄りに、少し変わる気がする。
そういう空気の積み重ねで、曜日を感じ取ってるんだと思うんですよね。
だから、その空気がいつもと違うと、頭ではわかっていても、体の方が「今日は休日寄り」って判断してしまいそうになる。
「仕事に行くの忘れそう」は、たぶんその、頭と体のズレから出てきた一言だったんじゃないかな、と。
僕より、その影響を受けやすいんだと思います。
そういう感覚の人なんだと思う。
「決まったルールじゃない」の延長線上
以前、温浴施設の下駄箱で、妻ちゃんが急に「今日は大丈夫」と言った話を書いた。
前回は靴底が直接つくのを気にして山形に立てかけていたのに、別の日には何も気にせず普通に靴をしまった、という出来事。
そのとき僕は、繊細さって決まったルールじゃないんだな、と気づきました。
その日、その時の状態に、ちゃんと反応しているだけ。
今回の「今日何曜日だっけ?」も、たぶん同じ場所から来ていて、
カレンダーが書き換わるんじゃなくて、その日の環境が、妻ちゃんの感じ方を少し書き換えている。
僕みたいに「日付」で生きている人間からすると、曜日感覚なんて固定された情報のはずなんですけど、
妻ちゃんにとっては、曜日も天気と同じくらい、”その日の空気”で揺れるものなのかもしれません。
解像度の違いが、また一つ見えた朝
合理主義の僕は、つい「いやスマホ見ればわかるじゃん」って思っちゃうタイプ。
でも、それを言っても意味がないこともだいぶわかってきた気がする。
妻ちゃんが感じている”いつもと違う”は、情報じゃなくて、感覚の話なので。
スマホの画面に「木曜日」と書いてあっても、家の中の空気が休日のままなら、休日だと感じちゃうんだと思います。
そう考えると、GWに僕が家にいるということ自体が、
妻ちゃんにとっては小さな環境の変化で、それが曜日感覚にまで届いている、ということになります。
迷惑、というほどではないけど、確実に何かが揺れている。
そのことに気づけただけでも、今日のコーヒー時間は意味があったな、と思いました。
妻ちゃんデータベースに、また一行
「あの日、妻ちゃんは曜日感覚がちょっとブレていた。理由は、僕がGWで家にいたから」
そんな一行を、また心の中の妻ちゃんデータベースに書き足しておこうと思います。
天気、気圧、体調、バイオリズム、そして今回は”夫が家にいる”という環境変数。
こうやって少しずつ集めていくと、妻ちゃんがその日「どんな状態にいるか」を、僕なりに読めるようになっていく気がしています。
すべての方に当てはまるわけではありませんが、
身近にHSP気質の方がいる人は、相手が「あれ?」とつぶやいた瞬間を、ちょっと拾ってみると、
その人の感じ方の地図が、ちょっとだけ、見えてくる気がします。
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