「早くして」を飲み込む練習。せっかちな僕が、妻ちゃんの時間に気づくまで

ぼくの揺らぎ

前回、予定があるだけで、前日から疲れてしまう妻ちゃんのことを書きました。

今回は、そのそばにいる僕の話です。

僕は、せっかちです。

時間が決まっている日になると、頭の中で勝手にカウントダウンが始まります。

あと何分。
そろそろ出ないと。
今これをしていて間に合うかな。

映画の上映時間。
冠婚葬祭。
音楽フェスやライブの開場時間。

出発時間から逆算して、だんだん落ち着かなくなっていきます。

そして気づくと、口から出そうになります。

早く

この言葉を、僕は何度も使ってきました。

悪気があったわけではありません。

ただ、間に合わせたかった。
遅れたくなかった。
予定どおりに動きたかった。

でも、妻ちゃんの様子を見ているうちに、少しずつ思うようになりました。

僕の「早く」は、ただの声かけではなかったのかもしれない。

僕の「早く」は、ただの声かけじゃなかった

妻ちゃんは、出かける前に確認をします。

鍵。
火元。
電気。
窓。
持ち物。

ひとつひとつ確認して、ようやく安心して家を出られる。

そこに僕が、

早く

と言ってしまう。

それは、妻ちゃんにとって必要な時間を、横から急かしていたのかもしれません。

しかも、長く一緒にいるぶん、妻ちゃんは僕がせっかちなことをよく知っています。

僕がまだ何も言っていなくても、

そろそろ言われるかも

という空気を感じていたのかもしれません。

そう考えると、僕の「早く」は、口に出す前から妻ちゃんを急かしていたのかもしれないと思いました。

「早く」をやめても、すべては解決しない

正直に書きます。

「早く」と言わないように、意識はしています。

でも、まだ言ってしまう日もあります。

完全には、やめられていません。

そして、もうひとつ気づいたことがあります。

「早く」と言わなければ、すべて解決するわけでもないということです。

妻ちゃんは、時間が決まっている予定があると、前日から少し調子が揺らぎます。

それは、僕の言葉だけが原因ではないのだと思います。

予定に間に合わせなければならない。
準備しなければならない。
忘れ物をしないようにしなければならない。
ちゃんとしなければならない。

そういうものが重なると、妻ちゃんの体は重くなっていくように見えます。

ゆるめるのは、僕の「間に合わなければならない」

だから、僕が「早く」を飲み込むだけでは足りないのかもしれません。

僕自身の中にある、

間に合わなければならない

も、少しゆるめていく必要があるのだと思います。

映画の予告編は、間に合わなくてもいい。
ライブの開場時間に着けなくても、本編に間に合えばいい。
少しくらい遅れても、人生が終わるわけではない。

頭では、わかっています。

でも、せっかちな僕には、これがなかなか難しい。

時間どおりに着きたい。
余裕を持って動きたい。
予定どおりに進めたい。

そういう気持ちが、どうしても出てきます。

「一緒に遅れられる人」になる練習

だから今は、練習中です。

「早く」を飲み込む練習。

そして、もう少し先にある、

遅れてもいいや

と本当に思えるようになる練習。

妻ちゃんの準備を速くすることは、たぶんできません。

妻ちゃんの確認の時間を、僕が短くすることもできません。

でも、僕が一緒に遅れることはできるのかもしれない。

待つ。

だけではなくて。

諦める。

でもなくて。

一緒に遅れられる人になる。

そんな方向も、あるんじゃないかと思っています。

妻ちゃんの時間に、追いついていく

繊細な人との暮らしは、すっきり解決しないことの連続です。

これをすれば大丈夫。
この言葉をやめれば解決。
こうすれば全部うまくいく。

そんなふうには、なかなかなりません。

それでも、急かす側だった僕が、少しずつ変わっていくことはできるかもしれません。

妻ちゃんには、妻ちゃんの時間がある。

その時間に、僕が少しずつ追いついていく。

そんな練習を、これからも続けていきたいと思っています。

すべての方に当てはまる話ではないと思います。

それでも、時間に追われるとしんどくなってしまう方や、そのそばで「早く」を飲み込んでいる方にとって、何かのヒントになれば嬉しいです。

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