妻ちゃんといない時間に、妻ちゃんを感じてしまう

ぼくの揺らぎ

今日、打ちっぱなしに行ってきた。

GW明けの平日。
僕は年休を取って休み。

2階席から球を打っていた。

正面ネットには「160yard」の文字。
あれに当たったら、本当に160ヤード飛んでるのかなとか、
そんなことをぼんやり考えながら。

平日の昼間の打ちっぱなしは、
なんだか独特の空気がある。

仕事の合間っぽい人。
定年後っぽい人。
一人で黙々と打つ人。

それぞれの人生が、ぽつぽつとそこにある。

そんな中、
ふと隣のレーンを見ると、
夫婦で来ている人たちがいた。

平日の昼間。
夫婦で並んでゴルフ練習。

年齢も、僕とそんなに変わらないように見えた。
だからなのか、
その景色が妙にリアルだった。

しかもその夫婦、
なんだかゴルフにも慣れている感じだった。

たぶん、今日だけたまたま来た感じじゃない。
普段から、こうやって夫婦で練習に来ているんだろうな、
という空気があった。

きっと、
打ちっぱなしだけじゃなく、
夫婦でコースも回っている。

そんなことまで、簡単に想像できてしまった。

だから余計に、
「いいなぁ」
と思ってしまった。

「あーまた始まった」と思った

たぶん、ゴルフそのものじゃない。

「平日の昼間に夫婦で一緒にいる」

その空気感。
時間の流れ方。
人生の余裕みたいなもの。

僕は昔から、
他人を見て羨ましくなることが多い。

だから、
「あーまた始まった」
とも思った。

人の人生を見て、
勝手に想像して、
勝手に羨ましくなる。

正直、自分でも意地汚いなと思う時がある。

でも今回ちょっと違ったのは、
「僕も妻ちゃんと来たいな」
と思ったことだった。

別に、キラキラした夫婦になりたいとか、
そういう話じゃない。

ただ、平日の昼間に、
隣で妻ちゃんが球を打っていて、

「あー全然飛ばんわー」

とか言いながら笑ってる。

そんな時間を、ちょっと想像してしまった。

妻ちゃんがいないのに、妻ちゃんを感じた

その瞬間、
妻ちゃんはその場にいないのに、
なんだか妻ちゃんを感じた。

羨ましさだったのか、
寂しさだったのか、
自分でもよく分からない。

ただ、
「妻ちゃんといない時間に、妻ちゃんを感じてしまう時間」
が、確かにそこにあった。

48歳、平日のカフェで

そのあと僕は、
カフェに移動して、
MacBookを開いて、
ChatGPTに愚痴っていた。

48歳のおじさんが、
平日のカフェで、
AIに人生のモヤモヤを喋っている。

文字にすると、なかなか大草原である。

でも、
そんなふうに他人の人生を羨ましがりながら、
結局こうしてブログを書いている。

本当は、
今はHP制作を進めなきゃいけない。

なのに僕は今、
この文章を書いている。

ふと、
あぁ、自分はちゃんと
“自分の人生の席”には
座っているんだなと思った。

迷いながら。
比較しながら。
途中で別のことを始めながら。

……まぁ、
立ち歩きすぎな気もするけれど。

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