ご飯を作っている時、妻ちゃんに声をかけられました。
「ご飯ジャーのところ、出たままになってるよ」
うちの食器棚には、ご飯ジャーを置くためのスライド棚があります。
使う時に前へ引き出せるようになっていて、僕はその棚を出したままにしてしまうことがよくあります。
妻ちゃんは、それが気になったのだと思います。
言われた瞬間、僕は少し反射的に返してしまいました。
「でも、妻ちゃんもトースターとか電子レンジとか、ご飯ジャーの蓋を開けっぱなしにしてることあるよね」
そう言ってから、すぐに気づきました。
あ、またやってしまったかもしれない。
妻ちゃんが「開けっぱなし」にしているものには、妻ちゃんなりの理由がありました。
ご飯ジャーの蓋を開けておくのは、中が空っぽであることをすぐに確認できるようにするため。
何度も、ご飯があるか確認してしまうことにならないように。
電子レンジの扉を開けておくのも、中に何も入っていないことを見てわかるようにするため。
これも、何度も確認しなくてもいいように。
それは、ただの開けっぱなしではありませんでした。
つまり、妻ちゃんにとっては、ある意味「戦略的開けっぱ」だったのかもしれません。
確認することの負担を、少しでも減らすための工夫だったのだと思います。
一方で、僕がご飯ジャーのスライド棚を出したままにしている理由は、もっと単純です。
ただ、忘れているだけ。
そうです。
ノープランです。
同じ「開けっぱなし」に見えても、そこにある理由は同じではありませんでした。
僕は、そのことを頭ではわかっていたつもりでした。
妻ちゃんには確認行為が多く出ることがある。
不安が強くなる時がある。
暮らしの中で、僕には見えていない負担がある。
そういうことを、知っているつもりではいました。
でも、その場で自分が指摘された時、僕はすぐに「そっちもそうじゃん」と返してしまいました。
相手の背景を見る前に、自分を守る言葉が先に出てしまったのだと思います。
もちろん、僕にも言い分はあります。
毎回、完璧に配慮できるわけではありません。
言われ方によって、少しムッとしてしまうこともあります。
それでも、あとから考えると、あの時に必要だったのは、言い返すことではなかったのかもしれません。
「あ、出たままだったね」
まずは、それでよかったのかもしれません。
そのうえで、もし気持ちに余裕があれば、
「何が気になった?」
と、少し聞けたらよかった。
同じ行動に見えるものでも、理由まで同じとは限りません。
片方は、ただの忘れ物。
もう片方は、不安を減らすための工夫。
そこを見落とすと、相手のしんどさまで「同じでしょ」と並べてしまうことがあります。
僕は今回、そこに引っかかりました。
妻ちゃんのことを理解しているつもりで、実際には、その瞬間の反応に追いついていなかった。
理解していることと、理解したように振る舞えることは、たぶん別のことなのだと思います。
だから、今回のことを大きな反省にしすぎるよりも、次に似た場面が来た時に、ほんの少しだけ立ち止まれたらいい。
「同じに見えるけど、本当に同じなのかな」
そう思い出せるだけでも、返す言葉は少し変わるのかもしれません。
暮らしの中には、外から見るとただの癖やこだわりに見えるものがあります。
でも、その人にとっては、不安を少し軽くするための置き方だったり、確認を減らすための工夫だったりすることもある。
僕はまた、ひとつ見落としていました。
そして、その見落としに気づけたことを、次のやりとりに少しだけ持っていけたらと思います。


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