妻の絶対音感は、いつもオンじゃなかった

庭の見える喫茶店の窓際の席とやわらかい光 日常の気づき
庭の見える喫茶店の窓際の席とやわらかい光

妻ちゃんには、絶対音感があります。

幼いころにピアノを習い、中学と高校では吹奏楽部。

音を聞くと、それが「ド」とか「ファ」とか、音の名前でわかるらしいです。

僕はギターを5年ほど弾いていますが、そんな感覚はありません。

だからずっと、

「絶対音感って便利そうだな」

くらいに思っていました。

音を聞けば、勝手にドレミがわかる。

絶対音感って、そういう常にオンになっている機能みたいなものだと思っていたんです。

でも、どうやら少し違いました。

きっかけは、休日に妻ちゃんとランチへ行った日のことでした。

庭の見える喫茶店で

その日は休日。

特に大きな予定もなく、少し遠回りをして、妻ちゃんとカフェへ寄りました。

パン屋さんとケーキ屋さんが一緒になった、庭のあるお店です。

ガラス張りの窓際の席が空いていたので、そこに座りました。

外から光が入ってくる。

窓の向こうには緑が見える。

店内には、心地いい音楽が流れていました。

妻ちゃんも気に入ったようで、

ここ好き。音楽もいい感じ

と言っていました。

店内の音楽は、決して小さな音ではありませんでした。

むしろ僕からすると、少し大きめかなと思うくらい。

でも妻ちゃんは、

音、大きいけど全然嫌じゃない

と言いました。

その言葉も、あとになって妙に印象に残りました。

妻ちゃんにとっては、単純に「音が大きいか、小さいか」だけで、心地よさが決まるわけではないらしい。

その音をどう感じるか。

心地いい音なのか。

気になる音なのか。

そこが大きいのかもしれません。

そんな話をしながらランチを食べていると、妻ちゃんがふいに言いました。

音がドレミで聞こえる〜

僕は何気なく聞き返しました。

え? いつもじゃないの?

すると、

考えないとわからない時と、自然と音符で聞こえる時とあるー

とのこと。

へぇー。

……と思ったあと、

「あれ? これ、けっこう大事なこと言ってない?」

と思いました。

絶対音感は、ずっとオンだと思っていた

僕の中では、それまで

絶対音感=聞こえた音が自動的にドレミになる

というイメージでした。

車のクラクションも。

電子レンジの「ピー」も。

お店で流れているBGMも。

本人が意識しなくても、全部勝手に音名になって聞こえてくる。

そんなものだと思っていました。

でも妻ちゃんの話を聞くと、どうもそう単純ではないらしい。

考えれば音がわかるときもあれば、

何もしなくても、向こうから音名が飛び込んでくるようなときもある。

そしてこの日は、後者でした。

心地いい場所で。

外の緑を見ながら。

好きだと思える音楽が流れていて。

特に急ぐ予定もなく。

少し力が抜けていたとき。

音がドレミで聞こえる〜

と、自然に出てきた。

僕には、このことが妙に印象に残りました。

僕は、音を探しにいく

僕には絶対音感がありません。

ギターのチューニングをするときは、スマホでチューナーを開きます。

弦を鳴らして、針を見ながら、

もうちょっと上。

もうちょっと下。

と、ペグを少しずつ回します。

耳コピするときも同じです。

曲を流して、

「このへんかな?」

とギターの音を一つずつ鳴らして探していく。

僕にとって音程は、探しにいくものです。

一方、妻ちゃんの場合は、音に最初から名前がついて届くことがある。

同じ音楽を聞いていても、入口がまるで違うんだなと思います。

絶対音感って、ちょっとうらやましい。

でも、少し考えると、

「何でも音として拾えてしまう」

というのは、便利なことばかりでもないのかもしれません。

パーカッションなのに、絶対音感?

妻ちゃんが吹奏楽部で担当していたのは、パーカッションでした。

最初に聞いたとき、僕は少し不思議でした。

「絶対音感があるなら、フルートとかピアノみたいな楽器じゃないの?」

と。

でも、よく考えると、打楽器にもティンパニやマリンバのように音程を持つものがあります。

それに吹奏楽のパーカッションは、たいてい一番うしろです。

前では木管楽器も金管楽器も鳴っている。

その全部の音が、後ろまで飛んでくる。

いろいろな音が重なった状態を聞きながら、自分の入るタイミングを合わせる。

もちろん僕の想像でしかありませんが、

そんな場所で何年も演奏していたことも、妻ちゃんの「音の聞こえ方」に何か関係していたのかな、と思ったりします。

絶対音感とHSPは、別のもの

ここは、少し分けて考えたほうがいいと思っています。

絶対音感と、HSPの繊細さは同じものではありません。

絶対音感は、基準となる音を聞かなくても音の高さを認識できる能力。

一方でHSPは、音だけではなく、光やにおい、人の表情、周囲の空気など、さまざまな刺激を深く受け取りやすい気質として語られています。

だから、

「HSPだから絶対音感になる」

という話ではありません。

ただ。

妻ちゃんをそばで見ていると、

この二つが重なって見える瞬間があります。

それは、

いろいろなものを拾ってしまう

というところです。

繊細なセンサーは、嫌なものだけを拾うわけではないんだと思います。

気持ちが落ち着いているとき。

居心地のいい場所にいるとき。

窓から入ってくる光。

庭の緑。

店内に流れている音楽。

そういう心地いいものも、たくさん拾っている。

あの日のカフェでは、音楽の音量は大きめでした。

それでも妻ちゃんは、

全然嫌じゃない

と言っていた。

このことを思い返すと、

音に敏感だから、ただ静かな場所を好む。

そんな単純な話でもないんだと思います。

大きな音でも、心地いい音なら平気なことがある。

逆に、とても小さな音でも、気になって仕方がないことがある。

音量よりも、

その音をどう受け取るか

のほうが大きいのかもしれません。

だから、しんどい日は本当にしんどい。

でも同じように、

いい日は、きっと人よりたくさん「いいもの」を拾っているのかもしれない。

そんなふうに思いました。

拾いたくない音に捕まる日もある

音がドレミで聞こえる〜

と楽しそうに言う日がある一方で、

妻ちゃんが別の音を気にする日もあります。

エアコンの室外機。

冷蔵庫。

換気扇。

低くて、ずっと続いている音です。

僕にはほとんど聞こえていません。

というより、たぶん聞こえているけれど、脳が勝手に無視しているんだと思います。

妻ちゃんに、

これ、ずっと鳴ってるよね

と言われて、

耳を澄ましてみる。

あ……確かに鳴ってるわ

そこで初めて気づきます。

僕の耳は、その音を最初から捨てている。

でも妻ちゃんの耳は、拾ってしまう。

少し不思議なのは、

あのカフェでは、もっと大きな音楽が流れていたのに、それは平気だったことです。

一方で家では、

僕なら気にも留めないような冷蔵庫の低い音が気になることがある。

音の大きさだけでは説明できない。

そこにはたぶん、

音の種類だったり、

そのときの気分だったり、

自分で心地いいと感じられるかどうかだったり。

いろいろなものが関係しているんだと思います。

だから最近は、

換気扇がつけっぱなしになっていないか。

テレビがなんとなくついたままになっていないか。

消せる音がないか。

少し気にするようになりました。

「うるさい?」

と聞くより前に、消せるものは消しておく。

僕にできるのは、そのくらいです。

感度ではなく、向いている方向なのかもしれない

ここからは完全に、僕の感覚です。

医学的な話ではありません。

妻ちゃんをそばで見ていて、なんとなく感じていることです。

調子がいい日は、

センサーが「心地いいもの」のほうへ向いている。

音楽。

光。

緑。

おいしいもの。

そして、

音がドレミで聞こえる〜

という言葉が自然に出てくる。

逆に余裕がない日は、

同じセンサーが、拾いたくないもののほうを向いてしまう。

室外機の低い音。

冷蔵庫の振動音。

僕なら最初から無視してしまうような、小さな刺激。

もしかすると、

感度そのものが大きく上がったり下がったりしているというより、

センサーが向く方向が変わることもあるのかな。

そんなふうに見えています。

あの日のカフェで流れていた音楽は、大きめでした。

それでも妻ちゃんは、

ここ好き

と言った。

それを考えると、

「繊細な人だから、静かにしておけばいい」

ではないんですよね。

静かさだけが正解ではない。

その人が心地いいと思えるものがあること。

そっちのほうが、案外大事なのかもしれません。

「いい日のサイン」を知っておく

妻ちゃんの感覚そのものを、僕が変えることはできません。

音を拾わなくすることもできない。

でも、

そのセンサーが少しでも心地いいものを拾いやすい環境を作ることなら、多少はできるかもしれません。

庭の見える席を選ぶ。

予定を詰め込みすぎない。

少し遠回りして帰る。

好きそうなお店に寄ってみる。

部屋の余計な音を消しておく。

ほんの小さなことばかりです。

それでも、

音がドレミで聞こえる〜

と妻ちゃんが言う日が、少しでも増えたらいいなと思っています。

あの一言が出る日は、

たぶん妻ちゃんの中に少し余白がある日です。

そしてきっと、いつも以上に、

いいものをたくさん拾えている日。

すべての人に当てはまる話ではありません。

でも、身近に繊細な人がいるなら、

その人なりの「今日はちょっと調子がいいな」というサインを一つ知っておくといいのかもしれません。

うちの場合は、

音がドレミで聞こえる〜

でした。

そんな何気ない一言を、これからも大事に拾っていきたいと思います。


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