夜中のドアの音で目が覚める。繊細な妻ちゃんと暮らして気づいたこと

夜の室内で玄関付近から音の波が広がるイメージ 名もなきストレス
同じ音でも、受け取り方や感じる大きさは人によって違うのかもしれません。

ドアの音だけで、家の中が見えている妻ちゃん

うちの妻ちゃんは、家の中のドアの音だけで、
「どこのドアを、誰が開けたか」が、だいたいわかります。

玄関の鍵が、ガチャッと回る音。
引き戸の下のローラーが、コロコロと転がる音。
トイレのドアが開く音。
部屋の扉が閉まる音。

リビングにいても、家の中の動きが、音で見えているみたいです。

最初に聞いたとき、僕は正直、

それ、ちょっとすごいな

と思いました。

でも、一緒に暮らしているうちに、
その「すごさ」の裏側が、少しずつ見えてきました。

音そのものより、「タイミング」がしんどい

妻ちゃんにとって、ドアの音が聞こえること自体が、いつもつらいわけではないようです。

日中なら、まだ大丈夫。

テレビの音。
ラジオの音。
外を走る車の音。
水道の音。
誰かが動いている気配。

いろんな音に紛れて、ドアの音もそこまで目立たないのだと思います。

でも、夜は違います。

家の中が静かになったあと。
みんなが寝静まったあと。
夜中に、家族の誰かがトイレに行く。

そのときのドアの音で、妻ちゃんは目が覚めてしまうことがあります。

しかも、体調がよくない日ほど、音はよく聞こえるようです。

夜中に目が覚めると、眠りの質も下がります。
眠りが浅くなると、翌日の体調にも影響する。
そして体調が整わない日は、音や光、気配に対する繊細センサーも、いつもより過剰に反応してしまう。

僕は専門家ではありませんが、こういう小さな刺激の積み重ねが、自律神経の乱れにもつながっているんじゃないかと感じています。

休みたいのに、休まりきらない。
休まりきらないから、また敏感になる。

一番休みたいときに、一番休めない。
なんだか、うまくできていないなと思います。

もうひとつ、僕が「そういうことも気になるんだ」と思ったことがあります。

ドアを開ける音が聞こえたあとに、
閉める音が聞こえないと、

あれ、開けっぱなしじゃない?

と気になってしまうらしいのです。

音が鳴ることだけじゃない。
音が鳴らないことまで、受け取っている。

繊細さんの耳は、本当に働き者です。

高気密高断熱の家の、ちょっと意外な落とし穴

うちは、比較的小さな家です。

そして、いわゆる高気密高断熱の家です。

壁が厚くて、断熱もしっかりしている。
外の暑さや寒さを、できるだけ家の中に入れない。
外の音も、かなり遮ってくれます。

これは、音に敏感な妻ちゃんにとって、ありがたいことのはずでした。

外の音があまり入ってこない。
車の音も、人の声も、家の中では少し遠くなる。

静かな家。

そう思っていました。

でも、暮らしてみると、少し違う面もありました。

外の音を遮る家は、
家の中の音を、外に逃がしにくい家でもあるのかもしれません。

家の中で生まれた音が、思ったより響く。
小さな家だから、別の部屋の音も届きやすい。

外の世界からは守られているのに、
家の中の生活音は、かえってくっきり聞こえてしまう。

静けさを手に入れたはずの家で、
夜のドアの音だけが、やけにはっきり聞こえる。

ちょっと皮肉な話だなと思いました。

あっちを立てれば、こっちが立たない

じゃあ、夜は窓を開けて、音を逃がせばいいのか。

そう単純にもいきません。

妻ちゃんは、寒さにも暑さにも敏感です。

音を逃がすために窓を開けたら、今度は冷えが気になる。
季節によっては、暑さや湿気も気になる。

音を逃がしたい。
でも、室温も乱したくない。

音を取るか。
快適さを取るか。

あっちを立てれば、こっちが立たない。

本人も、

家族と生活している以上、しょうがない

と言います。

たしかに、家族の誰かが夜中にトイレへ行くのを、我慢させるわけにもいきません。
ドアを開けるな、閉めるな、という話でもありません。

正直に書くと、この問題に、まだ良い答えは見つかっていません。

僕にできていることは、そんなに多くありません。

今日は音に敏感そうだな、と気づくこと。
体調があまりよくなさそうだから、夜は少し静かにドアを閉めようと思うこと。
ドアを閉めるときに、最後まで手を添えること。

そのくらいです。

でも、その「そのくらい」が、暮らしの中では案外大事なのかもしれません。

解決できなくても、「知っている」だけで

最近、思うことがあります。

解決できなくても、
「知っている」だけで、少し意味があるのかもしれない。

妻ちゃんが、夜中のドアの音で目を覚ましていること。
体調がよくない日は、音がいつもより届いてしまうこと。
開く音だけじゃなく、閉まらない音まで気になってしまうこと。

それを、僕が知っている。

それだけで、妻ちゃんの「しょうがない」は、
ひとりで抱える「しょうがない」ではなくなる気がしています。

もちろん、知っているだけで全部が楽になるわけではありません。
音が消えるわけでもないし、ぐっすり眠れるようになるわけでもない。

でも、

なんでそんなこと気にするの?

ではなく、

そう聞こえているんだね

と思えるだけで、同じ生活音でも、少し受け止め方が変わる気がします。

答えが出ないまま、観察を続ける

繊細な人との暮らしは、すっきり解決しないことの連続です。

ドアの音ひとつをとっても、
家の構造、季節、体調、時間帯、家族の動き。

いろんなものが絡み合っていて、

これで解決!

という一手は、なかなか見つかりません。

でも、どこのドアの音かまで聞き分けてしまう妻ちゃんの耳は、
世界を僕の何倍も細かく受け取っている証拠でもあります。

その耳が、少しでも休まる夜を。
家の中で、安心して眠れる時間を。

これからも、焦らず一緒に探していけたらと思っています。

すべての方に当てはまる話ではないと思います。

それでも、同じように「家の中の音」で疲れている方や、
そのそばで見守っている方にとって、
何かのヒントになれば嬉しいです。

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音の話は、こちらの記事でも書いています。

「音で生活が見える。繊細な妻ちゃんと暮らして気づいたこと」

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